持たない暮らし
快適だったワンルームの部屋も、時間が経つにつれ本やモノが増えて狭くなってきたので、片付けたいな、と思っている中、『お部屋も心もすっきりする 持たない暮らし』という本に出会った。
いつの間にか部屋中に不要なモノが溢れている人、片付けが苦手な人、モノで心の隙間を埋めようとする傾向のある人は一読する価値があると思う。モノに対する考え方を見直せます。
僕もこの本を読んだ後、2日掛けて片付けをし、大きなゴミ袋5袋分のモノを捨て、段ボール1箱分の本を売却して、少し部屋がスッキリした。1冊1,000円以上した本40冊のブックオフでの売却価格が3,000円にも満たなかったのは、少し残念だったけど。
豊かさ
この本の趣旨とは違うと思うのですが、考えさせられる一説がありました。
もう、速くて便利はいいよ。もうちょっとゆっくり、時間そのものを楽しもうよ。
『お部屋も心もすっきりする 持たない暮らし』46ページ
。。これ、ずっと前から漠然と思っていたことなんですよね。エンジニアとして飯を食っているのに、そういうことを思ってしまうときがある。納期1ヶ月のものを2、3週間で仕上げて、時間があるときに「あれ?俺、こんなに急いで何がしたいんだっけ。」と迷うことがある。ものを作ること自体は楽しいし好きだけど。
近視眼的になりすぎていて、ビジョンが欠如していることが原因かな、と思い、最近はそういうことについて、本を読んだり、あれこれ考えている。
かつて松下幸之助氏が思い描いたように、大量生産・大量消費によって、生活に役立つものをより安く、より多くの人が買えるようになった。その流れは今も続き、不況だ不況だと騒ぐ人もいるけれど、年々、さらに多くの人がより便利なものをより安く手にしている。携帯とかPCとか、地図・路線情報とかネットバンクとか。
果たして、この先もずっと、自分はそういった利便性や効率性を追い求めることをライフワークとしたいのか。。正直、今はまだ、よく分かりません。
孔子も40歳までは迷っていたようなので、とにかく、目の前の仕事にはしっかりと集中しながら、考え続けていくしかないか。
吾れ十有五にして学に志ざす。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳従う。
七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。私は十五才で(学問の道に入ろうと)決めた。
三十才で(学問に対する自分なりの基礎)を確立した。
四十才で戸惑うことがなくなった。
五十才で天命を悟った。
六十で何を聞いても動じなくなった。
七十になってからは、心のおもむくままに行動しても、道理に違うことがなくなった
(論語)